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日本では,真空管の製造は大正時代以降,大小様々の会社が行ってきましたが,共通規格を作ろうだなんて運動や努力はあまり為されませんでした。何故なら,規格は外国から天下り的にやってきたものだからです。ですから,電気的規格はもちろん,機械的寸法,真空管の名前などは先進国の米国や欧州の提携先の会社に依存しておりました。日本独自に作った物もあったのですが,各自がてんでバラバラに作ったものです。
しかし,やがて不便を感じるようになると,商工省のような役所は規則を作って取り締まりを図ろうとし,NHKのような半ば公的機関はそれをうけて規格を作り,さらに球屋自身も共通の規格を作ろうと会合を開きました。戦後制定されたJISの真空管の名称制度は,規制側と製造者が集まって作ったものですし,日本の真空管の規格CESは製造者が作ったものです。
ところが,真空管の統一的な製造コードはついに規格化されなかったようです。これは,真空管製造の先進国である米国でも同様で,ある種の製造コードは存在していますが,万能ではありません。製造コードは品質管理の意味では大変重要な意味を持つのですが,一方,真空管の販売になると製造コードは邪魔者になるという側面を持っているからです。ユーザーは最新の信頼できる品物を望むというのが,製造者の言い訳でした。何かの不備があって,それを改善したとすれば,新しい方が良いに決まっています。しかし,製造時期が表示されてしまうと,古い製品は敬遠され売れ残ってしまいます。特に何の欠陥も無いのに売れ残るのでは,商売に差し障りがでます。
日本では,戦前のラジオ時代には,製造コードもたいして意味を持ちませんでした。そこで,製造各社は,自分だけに分かるコードをそっとつけ加えるのが習わしでした。ところが,戦後,TV時代になると,特にラジオやTVのセット製造メーカは故障率の改善,信頼回復のために真空管メーカに対して球の品質管理(不良球製造の原因調査,不良球製造の低減,信用回復)を要求するようになり,製造コードは重要な地位をしめるようになりました。このため,1958年頃から,大口顧客には各社共通の製造コードを付して出荷したようです。これが,次に述べる「ラジオTV向け製造コード」です。
ラジオTV向け製造コード:
書式:数字1文字+アルファベット1文字
数字は年号:西暦の下1桁。例えば,1959は9。
アルファベットは月号:AからLまでが1月から12月。
表示位置:主にガラス管表面
使用年代:1958年頃から1972年くらいまで
例:9I = 1959年9月
使用会社:東芝(ラジオTV向け),松下(ラジオTV向け),日立(ラジオTV向け),三菱(ラジオTV向け)
表示しない例:
各社とも,自社独自のコードに併用して,上記のコードが表示されていました。一方,ラジオやTVの保守部品には表示の義務は特に無く,年代が分からないものが多いようです。
通信用管の表示:
通信用は製造年月を明示するのが原則のようです。特に顧客がNTT,放送局などの場合は明示の書式が決められていたので,それぞれのスタイルでハッキリと漢字などで表示されていました。それ以外の小口の顧客には意味不明のコードのみの表示もありましたが,添付したデータシートには測定日の形で年月情報が提供されていました。
(注意)
以下に示すコードは私が勝手に解釈したもので,誤っている部分も多々あろうかと思われます。より正確なコードの解釈には多くの方々の強力が必要です。私のサンプルだけでは解釈できないものが多くあります。中には複数のコードが表示されているものがあり,また日付そのものが印字されているものもあります。内容もまちまちで,製造日,出荷日(箱詰),検査日など。ロゼッタ・ストーンのようなものがあると助かります。年号は下1桁のものが多く,年代の特定は電極の作りにも大いに依存しております。お手元の球を眺めて,間違いを指摘下されば幸いです。
東芝は,戦前は東京電気,戦時中に合併して「東京芝浦電気」,最近,短縮した名前の東芝が正式名称になっています。真空管はブランド名を別に付けていたことがあります。
TEC ロゴ:1920年-1933年
マツダ/Matsuda ロゴ:1933年-1959年,
プロペラ・ロゴ:1941-1945年(戦時中)
Toshiba ロゴ:1959年-
製造年月は不良品が出た場合の原因究明と改良に不可欠ですが,東芝の球は,業務用には製造年月を表示することもありましたが,民生用はほとんどありません。その理由は最大のメーカだったからでしょう。戦前は事実上寡占状態にあり,どんな事をしても許される状態にあったはずですが,逆にいうと信頼を勝ち得た後には,この信頼を維持する並大抵でない努力が必要だったと思われます。どんな品種の球でも生産規模は大きかったはずです。少数の顧客のクレームがあったとすればその影響は全顧客に及ぶことから,新製品の出荷には慎重とならざるを得ません。決して冒険をしないという保守的な体質はこの伝統から生まれたとも思われます。一度うまくいった生産方式は現状維持が原則で,逆にその改良には大変な労力を必要としたと思われます。
民生用球には,戦前から独特の記号が付けられていました。しかし,これは直ちに製造年月を意味するものではなかったようです。戦後も同じ状態が続きました。東芝のような大メーカで最も重要なのは,「どの工場のどのラインで」いつ製造した球であるか,ということのように思えます。戦前もマツダ直営の工場以外に,東京無線電気や東京真空管会社などの子会社がマツダの球を製造していました。
この時期の記号は,
ST管にあっては
MT管にあっては
です。
として,明確に製造年月が分かるのは,戦後の1959-1960年頃のわずか1年たらずのラジオ用球と,1960-1970年の約10年間にTV用に出荷された球です。
0Y=1960.11
12=1961.2
これはユーザー側の要望によるものと思われます。現に同時期にTV保守用として直接販売した球には,製造年月が示されておりません。製造年月が顧客に分かると都合が悪いこともありましょう。NECニュースではそう書いています。販売競争の果てに出てきた新技術による製造ラインの宣伝が利いたこともありましょうが,顧客は新しい球を望むそうです。
日本電気NECは,戦前は通信用(主として電話回線と放送)真空管を製造していましたが,戦後になってラジオなどの民生用の受信管も製造し始めました。戦後復興期の途中でドッヂラインによる経済引き締めが始まると日本中たちまち不景気となり,1949年頃ラジオ業界は危機を迎えました。このとき,NECは工場毎に完全独立採算制を敷いたそうです。業務用真空管のメッカは東京(本当は神奈川県川崎市玉川向)の玉川工場でしたが,その他に民生管を製造していた幾つかの小さな工場もありました。それらは整理され,滋賀県大津市の大津工場に集結しました。これが後の新日本電気です。朝鮮戦争勃発とともに国内の景気が回復し,ラジオブームが訪れると経済危機から救われました。
戦争の終結した1954年には,新日本電気が子会社として独立,誕生しました。ただし,真空管は業務用と民生用に厳格に分離できないので,製造部門は双方入り組んだ複雑な形態を取ったようです。両者が完全に分離したのは1960年頃でした。この間,米国シルバニアと1956年7月に10年契約で技術提携しました。
さて,キー年代は1949,1954,1956,1960というところでしょう。
1949年 UZ-58A,6Z-DH3Aには
1950-1952年
1953年 3Y-P1
1954年新日本電気
(1954-1957.11)
この製造番号は以来製造終結まで続くが,年代識別には使えない。
1956年7月シルヴァニアとの提携
1960年完全独立
書式(1):数字3桁:第1数字+第2数字+第3数字.....解読は完全でない
年号:西暦の下1桁,第2数字の逆数
例:UZ-57Sの867 =10-6=4より,1954年
意味不明
使用時期:1954年頃から1957年まで
書式(1):アルファベット1文字+数字またはアルファベット1文字(+数字):
(第1文字は年号)+(第2文字は月号)
年号:1950年をAとして,以降,アルファベット順
月号:1〜9は1〜9月。0は10月,Nが11月,Dが12月。
例:I1=1959年1月。
例:P9=1969年9月。
使用時期:新日電は1958年頃から1962年中頃まで使用。
日電は1958年から1966年頃まで使用。
書式(1):数字3桁:.....意味不明
使用時期:1962年以降
書式(1):数字1文字+数字またはアルファベット1文字:
(第1文字は年号)+(第2文字は月号)
年号:西暦の下1桁
月号:1〜9は1〜9月。Xは10月,Yが11月,Zが12月。
使用時期:1959年11月から1973年頃
例:2Z=1972年12月。
(注)先の製造コードと並記してある
松下は,戦後1946年から真空管を製造開始したようで,気が付いた時には一貫して分かりやすいロット番号(年月記号)を標記していました。真空管の製造は,1950年頃は松下電器産業が行っていたようで,社主の松下幸之助氏はGHQにより活動を禁止され,松下自体も停滞しましたが,その後社主の社会復帰により本格的生産を開始しました。
1951年以前,日本管の製造。米国互換球も製造。
1952年,オランダ・フィリップスと提携,松下電子工業に移管,
1954年頃から欧州管製造。
書式(1):アルファベット2文字以上:(第1文字は年号)+(第2文字は月号)
月号:1月がA,2月がB,以降C,Dと正方向に進み,12月はL。
年号:次の表の通り:1946年をZとして,以降,アルファベットを遡る
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使用時期:1946年-1971年まで
表示位置:
コードの例:
ST管 QB=1955年2月,表示位置:ベース印字(筆書きかスタンプ)
MT管 A2/MI=(A2の意味不明,MIは1959年9月),表示位置=ベース底中央
MT管 9I=1959年9月,ガラス管壁に表示
(注意)
1958年-1970年頃の期間は,ラジオTV向けコードが主に表示されています。
書式(2):アルファベット2文字以上:....解読できていません。
使用時期:1971年以降
例:VK
日立はサンプル数が少ないのですが,こんなところでしょう。
日立独自の製造年月コード
書式(1):数字-数字:(第1数字は年号)+(第2数字は月号)
年号:西暦の下1桁。
月号:1-8までしかない?。
使用時期:1950年代から1960年代
例:4-8=1964年,月は不明
TENは,製造コードを表示していますが,時代に応じて何度か変えています。サンプル数が少なく,解読が難しいのですが,1950年代のコードはほぼ正しいと思われます。1960年代はうまくいきません。
書式(1):アルファベット2文字:(第1文字は年号)+(第2文字は月号)
年号:西暦の下1桁。アルファベットZ=1年として,逆に,Y=2年,..と数える。
月号:アルファベットZ=1月として,逆に,Y=2月,..と数える。
使用時期:1940年代
例:RQ=1949年10月
書式(2):アルファベット2文字+数字1文字+(アルファベット1文字)
:(第1文字は年号)+(第2文字は月号)+(第3数字+第4文字は週号)
年号:西暦の下1桁。1年=A,2年=B,...,0年=J。
月号:1月がA,2月がB,以降C,Dと正方向に進み,12月はL。
週号:1〜5週は1〜5。第1群?(Primary)=1P〜9P,第2群?(secondary)=1S〜5S。前半と後半の意味か?
使用時期:1950年代
例:IK1P=1959年11月,第1週前半?
書式(3):アルファベット2文字.....現在,完全には解読できてない。
使用時期:1960年代?
例:0T=12.7
書式(4):数字1桁+アルファベット2文字.......現在,完全には解読できてない。
数字は昭和の下1桁?(逆数10-数字),
使用時期:1960年代?
例:9HH=1966年5月,1=S41年。