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32_super. Superhet tubes/スーパー用真空管 |
32_36to39. Early-time 6.3V tubes; |
32_63IMa. Industory & Millitary (I) |
13B.ST Audio Tubes before WWII/ 戦前の電蓄用ST管 |
5'. 6.3 V AC/DC Tubes for Automobile before WWII/自動車用(直流・交流)6.3V管 | ||||
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36/VT-36 NU |
37 No sample |
38 unknown |
39/44 RCA |
84/6Z4 RCA, NU, United |
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UY-236 Tm |
UY-237 (S and ST)
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UY-238 (S and ST) No sample |
UY-239 (S and ST) Tm
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UY-36 (Tm) |
UY-37 Tm, TB-639A Sumitomo
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UY-38 Tm
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UY-39 tm
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KX-84 Tm
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UY-36A ( Tm, Elv)
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UY-37A Elv
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UY-38A Tm, Elv |
UY-39A tm
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KX-84A Tm
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236から239までのシリーズはRCAにより自動車用ラジオ球として1932年頃に開発された6.3V管です。当時の米国の自動車の蓄電池は6V(走行中の平均約6.3V)だったそうです。米国のDeWaldラジオは,1932年頃に,239/244の高周波増幅,236のプレート検波,238の電力増幅,237を2極接続し2本並列にして整流管とし,ヒータを直列に,足りない分は抵抗をかました勇ましいトランスレス・ラジオ(Model 54)を作りました。これは,AC/DC両用のラジオになっています。何故ならば,このシリーズの球はAC直列点火を意識してヒータカソード間の絶縁対策もほどこしたトランスレス受信管の元祖だったからです。
日本国内でも1933年に東京電気TEC(現東芝)がUY-236からUY-239を国産化しました。さらに1935-6年頃には形状をST管にして名称をUY-36からUY-39/44としました。真空管会社は初期の頃,6.3V/0.3A管をトランスレスラジオ用に販売を試みましたが,受け入れてもらえず,以後,もっぱら通信業務用や軍用に使われることになりました。その後改良管UY-36AからUY-39Aまで作られましたが,1941年には品種整理により廃止管となりました。
米国236は1932年頃に開発されたヒータ電圧6.3V,電流0.3Aの検波・増幅用シャープ・カットオフ4極管です。236は米国初の傍熱型スクリーングリッド四極管224(2.5V)の6.3V版とも言え,電気的特性はヒータ電力が小さくなった点を除いてほとんど同じで,足の配置も同じです。ヒータ電力が3/7に激減したので過熱による寿命が改善された他,構造がやや堅牢になった点が進歩でしょう。米国36はそのST版。米国224の電極は太鼓腹の寸胴でST版24Aは外形がST14(直径45mm)だったのに対し,米国236の電極は細くひょろ長くなったのでST版36はST12(直径38mm)と小型化されました。また,米国236は当初よりトランスレス管を意識し絶縁対策が強化され,ヒータはスパイラルコイル状でこれにアランダムを被覆したもの,これをタイト製の筒に挿しヒータとカソードの絶縁を図ったそうで,カソードスリーブもニッケルリボンを巻いたものを使用したという。暖機が遅いスロースタート球でした。後に米国で設計変更され,ヒータはアランダム塗布,タイト製の筒は使用しなくなり,カソードスリーブも継ぎ目無しの単管になったとのことです。これにより通常のスタートができるようになった。米国では直流配電の地域があったという事情からでしょうか,6.3V管を用いた電源トランスレスラジオが結構な勢いで普及しましたし,また自動車の普及も目覚ましかったので自動車ラジオも沢山作られました。
我が国では東京電気(東芝マツダ)が1933年頃に米国236をUY-236として国産化しました。形状は初めはナス管でしたが,ST管が導入された時期に国産化されたので,その後1934年末頃には名称がUY-236のままST管に変更され,やや遅れて名称だけUY-36に変更されました。当時の東京電気の真空管製造は,米国製のライセンス生産みたいなものだったので,UY-236の構造も米国製と同様で,初めの1年くらいは,スパイラルコイルヒータとタイト製の筒,ニッケルリボンを巻いたカソードスリーブを使用し,後に米国で設計変更されると,東京電気はヒータを輸入し,ヒータはアランダム塗布,タイト製の筒は使用しなくなり,カソードスリーブも継ぎ目無しの単管に変更したそうです。
マツダ真空管資料RG-10026('35.12.10)の紹介文「マツダ真空管UY-36は高周波増幅ならびに検波用の四極真空管でヒータ電圧6.3ヴォルトでフィラメント電流が少なく0.3アムペアである。ゆえにUY-37, UY-38, UY-39/44とともにヒータの直列の組み合わせができる」
UY-236/UY-36は東京電気マツダだけでなく,宮田エレバムが販売し,ドン真空管も遅れて販売しています。価格ですが,1933年3月マツダはUY-236が定価4.80円。意外と高い。我が国ではエリミネータという電燈線ラジオが普及し始めたばかりで新型トランスレス管よりトランスの方が廉価だったこと,世の中にラジオを積む自動車も無かったこと,などから,この6.3Vのシリーズは民生用には全く振るいませんでした。このため,この6.3V管はもっぱら米国流の業務用通信機などに使われました。国産化した1933年には最新鋭のST管UZ-57(2.5V)が発売され,民生用のラジオは性能の悪い6.3Vシリーズを必要とする理由もなくなってしまいました。1935年7月エレバムの価格はUY-36が卸2.70円。(UY-24Bは1.50円,UZ-57は2.50円, UZ-77は2.70円)。1935年頃にはUZ-77(6.3V)も国産化されたので,6.3V管の中でもこの36-39シリーズは短時間のうちに旧式になりさがってしまいました。しかし,業務畑では一度採用すると保守が大事,そこでその後も細々と製造は続けられたようです。とはいうものの,実はこの36-39シリーズのうちこのUY-236/UY-36だけはあまり存在価値がありませんでした。そのためでしょうか,今日この球のサンプルはめったにみかけません。1941年7月に品種整理のため一般向けラジオ受信用マツダ真空管25種の1つとして廃止され,代替管としてUZ-6C6が指定されました(要ソケット交換)。戦時中,東京芝浦電気通信工業支社のラジオ手帳(1944)にはUY-36は特殊製品(准標準製品あつかい)に分類され受注生産となっていたようです。
UY-36A: なお,この6.3Vシリーズの球はさらにA型の改良球が作られました。'51年のマツダ受信用真空管ハンドブックには,UY-37AからUY-39Aまで掲載されていますが,UY-36だけは何故か特別にUY-36(A)と括弧付きで書かれています。UY-36Aだけは本当に発売されたか否かは定かでなかったのですが,エレバム製のものを発見しましたので,やはり作られたことは事実です。規格表上A付きのものは違いが明確ではありません。Aの意味はヒータウォームアップ時間かもしれません。この場合,従来のヒータ構造をアランダム塗布に変えた時点でA型になったはずですが,その後,いつしか表示をAに変えたのでしょう。しかし,後の混乱からA表示の無い製品も後期も製造され,ごちゃ混ぜになっているようです。
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
Isg mA |
mu |
rp Mohm |
gm mA/V |
UY-36 (Matsuda RG-10026 '35.12.10) |
1sg, 2p, 3h, 4h, 5k, TOP=g |
ST-38/ D=38 mm, L=115 mm |
6.3 |
0.3 |
250 180 135 100 |
90 90 67.5 55 |
-3 -3 -1.5 -1.5 |
3.2 3.1 2.8 1.8 |
- - - - |
595 525 475 470 |
0.55 0.5 0.475 0.55 |
1.08 1.05 1.00 0.85 |
UY-36 (DON Radio tube catalog '38.8) |
1sg, 2p, 3h, 4h, 5k, TOP=g |
ST-38/ D=38 mm, L=115 mm |
6.3 |
0.3 |
250 180 135 100 |
90 90 67.5 55 |
-3 -3 -1.5 -1.5 |
3.2 3.1 2.8 1.8 |
1.7 - - - |
595 525 475 470 |
0.55 0.5 0.475 0.55 |
1.08 1.05 1.00 0.85 |
UY-36 UY-36A (matsuda'51) |
JES-5B JES-1A 1h, 2p, 3g2, 4k, 5h, TOP=g |
ST-38/ D=38 mm, L=115 mm |
6.3 |
0.3 |
250 max 180 135 100 |
90 max 90 67.5 55 |
-3 -3 -1.5 -1.5 |
3.2 3.1 2.8 1.8 |
- - - - |
595 525 475 470 |
0.55 0.5 0.475 0.55 |
1.08 1.05 1.00 0.85 |
|
Class |
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
RL kohm |
UY-36 (Matsuda RG-10026 '35.12.10) |
Grid Det Plate Det |
135 250 |
45 67.5 |
- -6 |
- 0.1* |
250 250 |
なお,橋本明洋氏の歴品館に貴重なサンプルUY-236とUY-36Aが紹介されています。御覧ください。
国産版は入手が難しいので,ここでは,米国36を見ましょう。最近(1990年代の終わりに),秋葉原で入手したものです。米国では在庫が豊富で廉価に入手できる品種です。
軍隊(US Army)の箱入り。Order No.23656-Phila-43(1943年製?)。ST38だが管長も短く,とにかく小さい。電極構造は初期の4極管UY-24と同じであり,一見プレートのように見える電極はスクリーンと同電位のシールド缶で,その内部に円筒形のプレートが隠れている。下から覗くと筒状に巻かれたスクリーングリッドが見える。ゲッタは皿型である。新品。gm=35>26。なお,VT-36は米国陸軍の登録名(VTナンバー管)。
UY-36A エレバム (ガラス印,錨,桜) 050305
米国237は検波・低周波増幅用の傍熱型,低増幅率(mu=9)の3極管で,米国37はそのST管。UY-237は東京電気(東芝マツダ)により1933年頃に国産化されました。形状は初めはナス管でしたが,ST管が導入された時期に国産化されたので,その後1934年末頃には名称がUY-237のままST管に変更され,やや遅れて名称だけUY-37に変更されました。237/37の電気的特性はヒータ電圧が6.3Vになり,またヒータ電力が小さくなった点を除いて,UY-227/UY-27Aとほとんど同じで,足の配置も同じです。ヒータ電力は3/7に激減していますので過熱による寿命が改善され,また構造がやや堅牢になった点が進歩でしょう。
発売後,この6.3Vのシリーズは主に通信などの業務用に使われました。UY-237/UY-37は東京電気マツダだけでなく,宮田エレバム,ドン真空管も販売しています。価格ですが,1933年3月マツダはUY-237が定価3.00円。1935年7月の価格はエレバムはUY-37が卸2.00円。(UY-27Aは1.00円,UZ-56は1.60円,UZ-76はなし)。1937年9月にエレバム1.80円,ドンは1.70円(ドンUZ-76は2.00円)。6.3V唯一の3極管として一時期良く使われたようですが,その後,やや増幅率の高い改良球UZ-76も1935年末には国産化されたため,次第にその地位を奪われ,品種整理のため一般向けラジオ受信用マツダ真空管25種の1つとして1941年7月に廃止されました。代替管としてUZ-76が指定されました。戦時中,東京芝浦電気通信工業支社のラジオ手帳(1944)にはUY-37は特殊製品(准標準製品あつかい)に分類され受注生産となっていたようです。
UY-37A: この6.3Vシリーズの球はさらにA型の改良球が作られました。'51年のマツダ受信用真空管ハンドブックに,UY-37Aが掲載されていますが,UY-37との違いは明確ではありません。
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
Eb V |
Eg V |
Ib mA |
mu |
rp kohm |
gm mA/V |
UY-37 (Matsuda RG-10026 '35.12.10) |
1g, 2p, 3h, 4h, 5k |
ST-38/ D=38 mm, L=105 mm |
6.3 |
0.3 |
250 180 135 90 |
-18 -13.5 -9 -6 |
7.5 4.3 4.1 2.5 |
9.2 |
8.4 10.2 10 11.5 |
1.1 0.9 0.925 0.8 |
UY-37 UY-37A (matsuda'51) |
JES-5B 1h, 2p, 3g, 4k, 5h |
same above |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
以下に国産球のサンプルをお見せしましょう。東京電気マツダのサンプルで,ベース横に「マツダ/UY-37」の刻印があり,底に「マツダ」の浮き彫りのある1935年頃のものです。
ベースに刻印。またベース底にマツダのロゴの浮き彫り。ガラス管頂部にマツダのロゴがプリント。プレートなど電極構造は後のUY-56などとほぼ同じ作り。ただし,マイカは上部が古い十字型,ゲッタは桶型(柄杓型)。ステムには裏表に「8,ア」のガラス押し印。gm=40>23。
UY-37 Tm (刻印,浮き十字,桶,「8,ア」40>23)。
UY-37/TB-639A Sumitomo(NEC) 031019*,*see TB-639A/UY-37 NEC (42>23)(千田耕治) 010120
UY-37A (「エレバム」錨, 太い白ヒータ2本, Nipin) 050816
米国238は1931年に誕生した傍熱型5極出力管で,米国38はそのST管で1932年頃に誕生しています。米国238は外形がS-12のナス管,また38はST-12のST管で,ベースがUY型の5本足のトップ・グリッド管でした。プレートの形状は6V6と同じ楕円筒形で,初期は金網でできており,後に金属板に変わりました。UY-238は東京電気(東芝マツダ)により1933年頃に国産化され,その形状は初めはナス管でプレートは金属板だったようです(写真を見た限り)。その後名称はUY-238のままST化されました。1934-5年頃に名称もUY-38と変更されました。
国内初の傍熱型5極出力管だったのですが,一般ラジオ管は2.5Vが主流ですからその後発売された大きなUZ-2A5が使われ,ラジオには直熱型のUY-47Bが使われ続けられました。一般ラジオが傍熱型を必要にしたのは物資に窮した時のトランスレスの用途で,この時UY-38を原形にgmを増加させた12Z-P1が開発され,さらに戦後6.3Vに戻して有名な6Z-P1が作られました*。
発売後,この6.3Vのシリーズは主に通信などの業務用に使われました。UY-238/UY-38は東京電気マツダだけでなく,宮田エレバム,ドン真空管も販売しています。価格ですが,1933年3月マツダはUY-238が定価4.80円。1935年7月の価格はエレバムはUY-38が卸2.70円。1937年9月も同じ。ドンはもう少し後の販売のようで,1938年にはマニュアルに掲載しています。6.3Vの5極出力管には実は他にヒータ電流の大きいUZ-42と小さいUZ-41が1934年に東京電気が国産化していましたが,競合して自滅する混乱をさけるため?市場に出すのはずっと後になり,そのためUY-38は業務用に良く使われたようです。その後,品種整理のため一般向けラジオ受信用マツダ真空管25種の1つとして1941年7月に廃止されました。代替管としてUZ-41が指定されました。(ソケット変更を要す)。戦時中,東京芝浦電気通信工業支社のラジオ手帳(1944)にはUY-38は特殊製品(准標準製品あつかい)に分類され受注生産となっていたようです。(現に1944年5月製(S19.5)製のUY-38のサンプルも手許にあります。)
UY-38A: この6.3Vシリーズの球はさらにA型の改良球が作られました。'51年のマツダ受信用真空管ハンドブックに,UY-38Aが掲載されていますが,掲載パラメータは全て同じでUY-38との違いは明確ではありません。製造時期は初め1940年頃と思われましたが,未確認ですが昭和10年(1935年)というラベルがあるものもあるとの話で,これが事実なら,Aの意味はヒータウォームアップ時間かもしれません。この場合,従来のヒータ構造をアランダム塗布に変えた時点でA型になったはずですが,その後,いつしか表示をAに変えたのでしょう。しかし,後の混乱からA表示の無いUY38が後期も製造されました。
*UY-38はヒータは6.3V,0.3A,またプレート,スクリーン電圧を180V印加した場合,負荷抵抗約12kΩで1Wの出力が得られる。6Z-P1を思い出しませんか?6Z-P1と違う点はスクリーングリッドの耐圧とgmで,スクリーングリッドは250V,gmは1mA/V。6Z-P1は感度(gm)を上げるためグリッドをややカソードに近付けると,gmと引き換えに歪みが増し,またスクリーングリッドの耐圧も180Vまで下がったという訳です。米国ではその後38の省エネ版として6G6-G/6AK6が開発されましたので,12Z-P1/6Z-P1はパラメータが米国6G6-G/6AK6に酷似していますが,ヒータ電力と電極構造,それにgmの増加方法を考えると,12Z-P1/6Z-P1の原形は38,米国6G6-G/6AK6は兄弟という結論に達します。また,当時のUY-38は0.3A系のトランスレス管としても使える球として知られていました。
|
Base |
Outline |
Ef V if A |
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
Isg mA |
mu |
rp Mohm |
gm mA/V |
RL kohm |
Rk ohm |
Po W |
UY-38 (Matsuda RG-10028 '35.12.10) |
1sg, 2p, 3h, 4h, 5k, TOP=g |
ST-38/ D=38 mm, L=115 mm |
6.3 0.3 |
250 180 135 100 |
250 180 135 100 |
-25 -18 -13.5 -9 |
22 14 9 7 |
3.8 2.4 1.5 1.2 |
120 |
0.1 0.115 0.12 0.14 |
1.2 1.05 0.925 0.875 |
10 11 13.5 15 |
970 1100 1100 1100 |
2.5 1.0 0.55 0.27 |
UY-38 UY-38A (matsuda'51) |
JES-5B JES-1A 1h, 2p, 3g2, 4k, 5h, TOP=g |
ST-38/ D=38 mm, L=115 mm |
6.3 0.3 |
250 180 135 |
250 180 135 |
-25 -18 -13.5 |
22 14 9 |
3.8 2.4 1.5 |
120 |
0.1 0.115 0.12 |
1.2 1.05 0.925 |
10 11 13.5 |
970 1100 1100 |
2.5 1.0 0.55 |
GE ETRM-15P 38 |
EIA 5F |
12-6 |
6.3 0.3 |
250 |
250 |
-25 |
22 |
3.8 |
|
0.1 |
1.2 |
10 |
|
2.5 |
なお,橋本明洋氏の歴品館に貴重なサンプルBX-238とUY-38Aが紹介されています。御覧ください。
国産版が入手できなかった間,米国38を紹介していました。その後,マツダUY-38, マツダUY-38Aとエレバム38Aを入手しました。
UY-38 Tm(ガラス印,ベース底何か印,皿G, 青ガラス) 020625,
UY-38 Tm(ガラス印,S19.5,皿G,) 040321
UY-38A 「エレバム(カナ)」(錨,十字マイカ,皿G)x2(片側真鍮pin) 041106
米国239は1931年頃に誕生した傍熱型の高周波増幅用(可変増幅率)5極管で,姿は同じでもRCA系の名称は'39と変わり,また他社の類似管'44もありました。米国ではそれぞれのST管が1932年頃以後に誕生しています。UY-239は東京電気(東芝マツダ)により1933年頃に国産化され,ST管が導入された時期に当たりますが,その形状は当初ナス管で,その後名称はUY-239のままST化されました。翌年の1934年には米国のST管の名称が2重名(39/44)に変わったことからマツダはUY-39/44として再デビューしています。
マツダ真空管資料RG-10029('35.12.10)の紹介文「マツダ真空管UY-39/44は特に震動に耐える様設計された可変増幅定数の高周波増幅用五極真空管である。制御グリッド電圧を-3ヴィルトから-40ヴォルトまで変えることにより強弱の信号を歪みなく増幅できる。したがって自動音量調整もできる」。なお,使用例にはスーパーヘテロダイン受信機の周波数混合管の用例が記載されています。
UY-236やUY-224などそれまでのスクリーングリッド高周波四極管は皆外部スクリーングリッド(Outer screen grid)と称するスクリーングリッドと同電位のシールド缶筒(編目の金属)をプレートの周りに被せていましたが,UY-239はサプレッサグリド付きの五極管ですから,この外部シールドは今度はカソード等電位となりました。この構造はUZ-78,6K7を経て,6K7-G, 6K7-GTへと引き継がれました。日本のトランスレス管12Y-V1の初期版もこの流れを汲んでいましたが,途中省資源のためにシールド缶筒を廃止し,UZ-6D6のようにアクアダック溶液を塗布して焼きつけたカーボンスートに変更されました。
また,米国239は当初よりトランスレス管を意識し絶縁対策が強化され,ヒータはスパイラルコイル状でこれにアランダムを被覆したものを使用,これをタイト製の筒に挿しヒータとカソードの絶縁を図っていた。カソードスリーブもニッケルリボンを巻いたものだった。暖機が遅いスロースタート球でした。東京電気は初めの1年くらい使用したそうである。後でお見せするサンプルはまさにこれで,外形はST管化されていますが,タイト製の筒とストレートヒータが見えます。後に米国で設計変更され,ヒータはアランダム塗布,タイト製の筒は使用しなくなり,カソードスリーブも継ぎ目無しの単管になり,東京電気はヒータを輸入して以後変更したとのことである。
さて,UY-239は発売後,この6.3Vのシリーズは主に通信などの業務用に使われました。UY-239, UY-39/44は東京電気マツダだけでなく,宮田エレバムもUY-39として販売しています。価格ですが,1933年3月マツダはUY-239が定価9.50円(!?)。1935年7月のエレバムの価格は卸2.70円。ドン真空管は1938年のマニュアルにも掲載してないので作らなかったようです。
6.3V唯一のバリミュー5極管として一時期使われましたが,1935年頃にはUZ-78(6.3V)も国産化されたので,その後実はあまり存在価値がありませんでした。その後,品種整理のため一般向けラジオ受信用マツダ真空管25種の1つとして1941年7月に廃止され,代替管としてUZ-6D6が指定されました(要ソケット交換)。戦時中,東京芝浦電気通信工業支社のラジオ手帳(1944)にはUY-39は(UY-39/44ではなくUY-39と書いてある)特殊製品(准標準製品あつかい)に分類され受注生産となっていたようです。
UY-39A: この6.3Vシリーズの球はさらにA型の改良球が1940年頃に作られました。'51年のマツダ受信用真空管ハンドブックに,UY-39Aが掲載されていますが,UY-39との違いは明確ではありません。
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
Isg mA |
mu |
rp Mohm |
gm mA/V |
UY-39/44 (Matsuda RG-10029 '35.12.10) |
1sg, 2p, 3h, 4h, 5k+g3, TOP=g |
ST-38/ D=38 mm, L=115 mm |
6.3 |
0.3 |
250 180 90 |
90 90 90 |
-3 -3 -3 |
5.8 5.8 5.6 |
1.4 1.4 1.6 |
1050 750 360 |
1.0 0.75 0.375 |
1.05 1.00 0.96 |
UY-39 UY-39A (matsuda'51) |
JES-5B JES-1A 1h, 2p, 3g2, 4k+g3, 5h, TOP=g |
same above |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
s.a. |
|
Class |
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Eosc V peak |
UY-39/44 (Matsuda RG-10029 '35.12.10) |
1st detector for super- heterodyne |
250 180 90 |
90 90 90 |
-7 -7 -7 |
6 |
サンプルとしてマツダUY-239とUY-39Aを入手しました。UY-239は型名からすると1934年頃のもののようです。なお,橋本明洋氏の歴品館に貴重なサンプルUY-239とUY-39Aが紹介されています。御覧ください。
UY-239 Tm (刻マツダUY-239, base=releaf, ガラスピラー, ステアタイトヒータスリーブ, 桶ゲッタ, 箱東京電気)tuda 000706
American 39/44; RCA 39/44-VT49 050304
○UY-39A tm (刻マツダのみ, 青ガラス印字UY39A,錨(マツダ), メッシュ(パンチ)S, g1フィン付き, ステム凸な4, やや細い白h(たぶん細いコイルアランダムh)皿G, )(53>25) 020113
84/6Z4は1933年に米国で生まれた6.3Vの傍熱型の両波整流管。84と6Z4が合流して複番になった。我が国では1934-1935年頃,東京電気(東芝マツダ)によりKY-84として国産化されました。東芝マツア1951年のマニュアルによれば「自動車ラジオに整流出力を供給するよう設計されたものです」。カソードがヒータと別に引き出されており,カソード・ヒータ間の耐圧も高く設計されているので,他の6.3Vと同じヒータ電源で点火できる。これは自動車の蓄電池の使用を前提とした設計である。商用電源による交流点火の場合にも使用可能。後に6X5-GT(1937年頃),ミニアチュア管の6X4(1945年)へと引き継がれた。
この84は米国では小型受信機の整流管としても使われたが,我が国では放送受信用にはほとんど使用されていない。業務用などで使われた模様。KY-84は東京電気以外にドン真空管も製造し1937年9月,3.90円,1939年1月3.50円だった。KX-80の2倍以上と高価な球だった。KX-84Aは12V仕様にしたもので我が国独自の球。12Vの蓄電池に対応するために作られたのだろうか。交流のトランスレス用という訳ではない。
KY-84 and KY-84A
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
Ebmax Vrms |
Ibmax mA |
KY-84 KY-84A (Matsuda'51) |
JES-5B, 1;h, 2;2p, 3;1p, 4;k, 5:h |
ST-38 /D=38 +/-1 mm, L= 105 +/- 5 mm |
6.3 12.6 |
0.6 0.3 |
350 max |
50 |
84/6Z4は6.3V点灯,バイブレータ電源の整流を目的とした自動車ラジオの整流管として1933年に誕生しました。2つの名前の由来は分かりません。RCAが84と銘々し,誰かが6Z4と銘々した球が合流して84/6Z4となったのでしょう。国内では1934年に国産化しKY-84が誕生しました。初期の頃はKZ-25Z5のように独立した2極管が2ユニット封入された双極管構造だったと思われますが,のちにカソード・スリーブが1本化された構造となりました。
ゲッタは皿であり,電極支持は金属棒,1940年代の昔の製品に書き直した可能性が高い。em=[48,48]
84/6Z4 RCA (Y5 1941.10.28) 49,47 AMP1, 84 NU 5213 6D 52,56 AMP2, 84 United C4 77-16 48,48
KY-84 Tm 021121
ステム支柱は(P1, H1, K, H2, P2)。
KY-84A Tm (K断) 041231
ステム支柱は(P1, H1, Hc, H2, K, P2)。Hcはベース引き出し線には繋がっていない。左側ユニットのK(カソード)引き出し線は溶断した事故球である。