|
|
|
|
|
| ||||
|
| |||
32_super. Superhet tubes/スーパー用真空管 |
32_36to39. Early-time 6.3V tubes; |
32_63IMa. Industory & Millitary (I) |
13B.ST Audio Tubes before WWII/ 戦前の電蓄用ST管 |
6'. Industorial and Millitary Use Tubes before WWII/戦前の業務用と軍用球6.3V管 | ||||||||
|
|
|
|
|
| |||
UY-76, ( Japanese UZ-76A) |
|
|
|
Not yet photo |
UZ-79, (UZ-19) |
UT-6A6, UT-53 |
米国で開発された6.3VのST管シリーズは,我が国では1935年頃に東京電気マツダ等により国産化が発表されました。しかし,放送受信用ラジオの分野での6.3V管の使用は,業界は頑として2.5V球を使い続けましたので,外地に持参して日本の放送を聞くためのオールウェーブ5球スーパー等の少数例に留まりました。一方,6.3V管は米国でも最新の真空管を含んでいたので,我が国ではもっぱら業務用や軍用に使用が始まりました。国産化した6.3VのST管は,Table 6.1に示すように,完全な米国互換管と,米国でオクタルガラス管としてデビューしたものを日本で独自にST管に直したものの2種類に大別され,いずれも1935年前後に製造開始しています。
このページでは,米国球と完全な互換性を持つ米国互換管を紹介します。5球スーパーヘテロダイン受信機に使用された米国球,(Ut-6A7, UZ-6D6/UZ-6C6, UZ-75, UZ-42など)はpage 32_superに紹介しましたので,ここでは,そこに漏れた6.3V管を紹介します。1934-35年のUY-76, UZ-77, UZ-78, Ut-6F7, 1935年頃のUZ-41, UZ-79, 1937年のUT-6A6, UT-53, 1938年のUZ-89などです。なお,UY-76は戦時中に規格が変更され我が国独自のUY-76Aが作られています。これらの業務用,軍用の6.3V管は,特に大平洋戦争勃発後は民生用の真空管製造を中止して増産に励んだので,戦後になって多量のストックが一般市場(闇市)に出回り,一時はラジオや各種機器にも使用されました。そんな訳で今日でも我々はこれらの6.3V管をYahooオークショん等で見つけることができます。これらの6.3V管の一部の品種は戦後も製造されましたが,やがて1950年代になると業務用や軍用真空管は米国互換のGT管へと移行し,その使命を終えました。
ST |
Japanese |
Metal |
Japanese |
Octal Glass |
Japanese |
6A7 |
Ut-6A7 (1936) |
6A8 (1935) |
US-6A8 (1938-39) |
6A8-G |
- 12W-C1 |
- |
- |
6L7 (1935) |
US-6L7 (1938-39) |
6L7-G |
Ut-6L7-G (1937) |
77 |
UZ-77 (1934-35) |
6J7 (1935) |
US-6J7 (1938-39) |
6J7-G |
- |
78 |
UZ-78 (1934-35) |
6K7 (1935) |
US-6K7 (1938-39) |
6K7-G |
- |
6B7 |
Ut-6B7 (1936) |
6B8 (1936) |
US-6B8 (1938-39) |
6B8-G |
- |
75 |
UZ-75 (1934-35) |
6Q7 (1935) |
US-6Q7 (1938-39) |
6Q7-G |
- 6Z-DH3, 6Z-DH3A (1947) |
42 |
UZ-42 (1934-35) |
6F6 (1935) |
US-6F6 (1938-39) |
6F6-G |
- |
84/6Z4 |
KY-84 (1934-35) |
6X5 |
none |
6X5-G |
- |
- |
- |
6H6 (1935) |
US-6H6 (1938-39) |
6H6-G |
KZ-6C (1937), Kt-6H6A (1938) |
- |
- |
6C5 (1935) |
US-6C5 (1938-39) |
6C5-G |
- |
43 |
UZ-43 (1934-35) |
25A6 |
none |
25A6-G |
- |
25Z5 |
KZ-25Z5 (1934-35) |
25Z6 |
none |
25Z6-G |
- |
|
|
|
|
|
|
53 |
UT-53 (1937) |
(6N7) |
|
|
|
79 |
UZ-79 (1935) |
|
|
|
|
6A6 |
UT-6A6(1937) |
6N7 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
41 |
UZ-41 (?) |
6K6 |
none |
6K6-G |
- |
89 |
UT-89 (1938) |
|
|
|
|
- |
- |
6L6 |
none |
6L6-G |
UZ-6L6A (1938) |
- |
- |
6V6 (1937) |
US-6V6 (1939) |
6V6-G |
(12V PH-1) (1941-42) |
- |
- |
6J5 |
US-6J5 (1938-39) |
6J5-G |
- |
76 |
UY-76 (1934-35) |
none |
- |
6P5-G |
- |
6F7 |
Ut-6F7 (1934-35) |
none |
US-6F7A, MC804-A (1939) |
6P7-G |
US-6P7-G (?) |
|
|
|
|
|
|
|
|
6SA7 12SA7 |
- -(CH1) |
6SA7-GT 12SA7-GT |
6W-C5 (1947) 12W-C5 (1948) |
|
|
6SK7 |
|
|
|
UY-76 は検波増幅発振用の低ミュー3極管。米国で1934年頃開発,国内では東京電気(東芝マツダ)により1935年に国産化。227(2.5V版),27A,36(6.3V版),56(2.5V版)と発展し76ができた。本来の使用例は受信機の局部発振やパワーアンプのドライブに用いるらしい。我が国では戦前は民生用には全く使われず,もっぱら軍用に比較的多量に製造され使用された。戦後我国では6.3VのST管が民生用の主流になり,戦後直ぐの放送用ラジオでは,短波付き高級受信機の局発や6.3V版の国民型並四受信機に使用されたので多くの中小メーカーが製造した。やがて,5球スーパーヘテロダインの時代になると,ほとんど使用されなくなり,代わって唯一の3極管だったので電蓄や測定器に良く使われた。
UY-76Aは,UY-76の改良球でUY-56Aの6.3V版である。東京電気(東芝マツダ)により戦時中の1944-45年頃に作られた模様。それではUY-56Aとは何?と言われても確かな情報は無い。UY-56A/UY-76Aの規格は定かでない。戦後のマツダ51には,UY-76Aのデータが掲載され,元祖UY-76とはパラメータが異なること,パラメータはUY-56Aと同じであることが分かる。しかし,掲載データには誤りがある。UY-76Aのmu, rp, gmの関係がおかしい。同じヒータとカソード材料を使って増幅率も同じ,内部抵抗がやや低いと,gmは高くなければならない。プレート電流がUY-76に比べて激減しているのは,動作例のグリッドバイアスが深すぎるから。これは比較のためにUY-76と同じ数値にしているからであろう。すると,UY-76Aは本来,高gmになり,使用時にはグリッドバイアスをより浅めにする必要がある。一方,UY-76Aと特性が同じとしているUY-56Aは,戦時中(MJ43.1)のデータにはヒータ電流以外のパラメータはUY-56と同じといっている。これでは何が本当なのかよーくわからない。いずれにしても,UY-76Aは戦時中から戦後の一時期に作られただけで,その後廃止されたようである。幻の品。
[保守・代替管] 76は米国では戦後保守用に製造されたので,今日でも容易に入手できるが,オーディオに良く使われるのでUY-56に比べると高価である。UY-76Aは骨董的価値しかない。
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
Eb V |
Eg V |
Ib mA |
mu |
rp kohm |
gm mA/V |
c pF |
56 76 GE ETRM-15P 1973 |
5A 1:h, 2:p, 3:g, 4:k, 5:h |
12-5 D=39.67 mm max, L=106.4 mm max |
2.5 6.3 |
1.0 0.3 |
250 |
-13.5 |
5 |
13.8 |
9.5 |
1.45 |
Ci3.5, Co2.5, Cgp2.8 for 76 |
UY-56 (Matsuda RG- 10049) 1935.4.30 |
1:g, 2:p, 3:h, 4:h, 5;k |
ST-38/ D=38 mm, L=102 mm |
2.5 |
1.0 |
250 |
-13.5 |
5 |
13.8 |
9.5 |
1.45 |
|
UY-56A (MJ43.1) |
|
ST-38/ D=38 mm, L=105 mm |
2.5 |
0.8 |
250 |
-13.5 |
5 |
13.8 |
9.5 |
1.45 |
|
UY-56A UY-76A (Matsuda'51) |
JES-5B 1:h, 2:p, 3:g, 4:k, 5:h |
Fig.35, ST-38/ D=38+/-1 mm, L=103+/-5 mm |
2.5 6.3 |
0.8 0.3 |
250 |
-13.5 |
1.2 |
13.6 |
8 |
1.2 * (1.7の誤り?) |
|
UY-56A UY-76A (Matsuda'58) |
- |
- |
2.5 6.3 |
0.8 0.3 |
250 |
-13.5 |
1.2 |
13.6 |
8 |
1.83 |
|
ベースにはマツダのみの刻印。管壁に管名。裏面に錨のマーク。ガラス管は青。ステムに「つ」。ベース接合部はルーズ・ベースを修理した際の接着材がはみ出している。マイカ板は白濁しており,質が悪そう。皿ゲッタ。金網風。gm=74。HKs。
今日見かける戦前の球はマツダがほとんどで,しかも錨マークが付いていることが多い。
UY-76 Tm (刻マツダのみ,Base矢印, ガラス銀UY76, 青がラス,裏錨。ステム「つ1」,皿G, gm=74。HKs) ,UY-76 Tm (19.5,錨マーク) 030811,
77は,検波・高周波増幅用(シャープ・カットオフ)管,米国で1933年頃開発。国内では東京電気(東芝マツダ)がUZ-77として1935年に国産化した記録がある。エレバム,ドン真空管,他も同じ頃製造している。ドンの1937年頃のカトログではトランスレス管(6.3V, 300mA)に数えられていた。当時,放送受信用の真空管は2.5Vが主流で揺るぎなく,メーカーは6.3V管を今後来るであろうトランスレス時代の新型真空管として販売しようとしていた。しかし,不人気だったので,結局,業務用,軍用のみに使われた。UZ-77は直後に出たUZ-6C6と競合し,1942年には品種整理のため廃止管になった。(にも関わらず,軍用には終戦直前まで製造された)
77はRCAのマニュアル(RC-16)によれば電気的特性は静電容量とスクリーングリッドの規格が最大100Vである点を除いて6J7と等価である。また,6C6は使用法については6J7を見よと書いてあるが,「等価である」とは書いていない。実際,77とそのメタル版6J7はRCAの開発による同一族であるが,それより前に開発された57とその後出た6.3V管の直系6C6の開発者は明確には知られていない。しかし,特性は非常に良く似ている。
77は従来の高周波増幅用の多極管24(4極管),36(4極管)の流れを汲む5極管で,プレートの周りに遮蔽用のシールド筒がある設計である。これより,一足先にデビューした57は遮蔽用シールド筒を省略した新型の5極管で,頭部に静電シールド用の冠だけがある。使用に当たり真空管の頭を必ず外部シールド筒で囲んで使用する必要があるが何故か好まれた。77は内部遮蔽を持つので自己発振に対しては優れているように見えるが,その内部遮蔽のために多少高価になること,出力容量が10pFと57の2倍もあり,嫌われたのかもしれない。
なお,我が国独特のトランスレス管12Y-R1は,初めこのUZ-77を原形に開発されたものと推定される。電極構造が全く同じなのである。しかし,1941-2年頃に12Y-R1は省資源のためか電極の設計変更が行われ,頭部にだけ静電遮蔽冠を付けたUZ-6C6の路線に乗り換えたのである。UZ-77を原形にしたのはトランスレス(0.3A)を意識した設計がなされていたからであろう。ベースの履き替え(UZからUYへ)と,12Vヒータの採用だけが日本独自であった。
*「ガラス管がスートされており最も写真に成りにくい球の1つ。」と書いたのは誤り。
Specification of UZ-77 and UZ-6C6
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
Isg mA |
mu |
rp Mohm |
gm mA/V |
C pF |
77 RCA RC-16 (1950) (=6J7) (refer 6C6) |
1;h, 2;p, 3;g2, 4;g3, 5;k, 6;h, TOP=g1 |
34 ST-12/ D=1-9/16 inch, L=4-17/32 inch |
6.3 |
0.3 |
250 100 |
100 100 |
-3 -3 |
2 2 |
0.5 0.5 |
- |
1.0> 1.0 |
1.225 1.185 |
|
UZ-77 (Matsuda RG-10055 '35.4.30) |
1;g2, 2;p, 3;h, 4;h, 5;k, 6;g3, TOP=g1 |
ST-38/ D=38 mm, L=115 mm |
6.3 |
0.3 |
250 100 |
100 60 |
-3 -1.5 |
2.3 1.7 |
0.6 0.4 |
1500 715 |
1.5 0.65 |
1.25 1.100 |
|
UZ-57 (Matsuda RG-10050 '35.4.30) |
s.a. |
ST-38/ D=38 mm, L=120 mm |
2.5 |
1.0 |
250 100 |
100 100 |
-3 -3 |
2 2 |
0.5 0.5 |
1500 1185 |
1.5 1.0 |
1.500 1.185 |
|
UZ-77 (matsuda'51) |
JES-6B JES-1A 1;h, 2;p, 3;g2, 4;g3, 5;k, 6;h, TOP=g1 |
ST-38/ D=38 +/-1 mm, L=115 +/-5 mm |
6.3 |
0.3 |
250 max 100 |
100 max 60 |
-3 min -1.5 |
2.3 1.7 |
0.5 0.4 |
- |
1.0 0.6 |
1.250 1.100 |
Cgp= 0.0078 Cin= 4.7 Cout= 11 |
UZ-57 UZ-6C6 (=US6J7) (matsuda'51) |
s.a. |
ST-38/ D=38 +/-1mm, L=113 +/-5 mm |
2.5 6.3 |
1.0 0.3 |
300 max 250 100 |
100 max 100 100 |
-3 -3 |
2.0 2.0 |
0.5 0.5 |
- |
3.0 1.0 |
1.220 1.185 |
Cgp= 0.007 Cin= 5 Cout= 6.5 |
[8gL]
UZ-77は国内では主に軍用に用いられた。ベース刻印はマツダのみが多いが,最初期のS10.3製は民生用真空管と同じく「マツダ/UZ-78」と刻印があった(ベース裏にはレリーフ付き)。しかし,その後,このサンプルのように刻印はマツダのみとなった。
UZ-77 Tm (刻) NB Hirasaki 001002, UZ-77 (Tm 青ガラス) x2 C143 Anritsu Alpha A-100 1947
78は検波・高周波増幅用のバリミュー(リモート・カットオフ)管,米国で1933年頃開発。RCAのマニュアル(RC-16)によれば電気的特性は静電容量を除いて6K7と等価である。(オクタル・ベース管US-6K7(1935年),6K7G,6K7GTと等価である)。類似の2.5V管のUZ-58(1932年)と若干特性が異なりgmが10%程低い。
国内では東京電気(東芝マツダ)がUZ-78として1935年に国産化した記録がある。エレバム,ドン真空管,他も同じ頃製造している。UZ-6D6と競合し,1941年には品種整理のため廃止管になった。戦後の1951年の東芝マツダのマニュアルには「UZ-78は旧型の真空管でこれに代わるものとしてUZ-6D6があるので漸次これに切り替えられたい」とある。その他はUZ-77を参照。
なお,我が国独特のトランスレス管12Y-V1は,初めこのUZ-78を原形に開発されたものと推定される。電極構造が全く同じなのである。しかし,1941-2年頃に12Y-V1は12Y-R1と同様に省資源のためか電極の設計変更が行われ,頭部にだけ静電遮蔽冠を付けたUZ-6D6の路線に乗り換えたのである。UZ-78を原形にしたのはトランスレス(0.3A)を意識した設計がなされていたからであろう。ベースの履き替え(UZからUYへ)と,12Vヒータの採用だけが日本独自であった。
*「ガラス管がスートされており最も写真に成りにくい球の1つ。」と書いたのは誤り。
Specification of UZ-78 and UZ-6D6
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
Isg mA |
mu |
rp Mohm |
gm mA/V |
C pF |
78 RCA RC-16 (1950) (=6K7 =6K7G =6K7GT) (refer 6D6) |
1;h, 2;p, 3;g2, 4;g3, 5;k, 6;h, TOP=g1 |
34 ST-12/ D=1-9/16 inch, L=4-17/32 inch |
6.3 |
0.3 ac/dc |
250 250 100 |
125 100 100 |
-3 -3 -1 |
10.5 7.0 9.5 |
2.6 1.7 2.7 |
- |
0.6 0.8 0.15 |
1.65 1.45 1.65 |
|
UZ-78 (Matsuda RG-10056 '35.4.30) |
1;g2, 2;p, 3;h, 4;h, 5;k, 6;g3, TOP=g1 |
ST-38/ D=38 mm, L=115 mm |
6.3 |
0.3 |
250 250 180 90 |
125 100 75 90 |
-3 -3 -3 -3 |
10.5 7.0 4.0 5.4 |
2.6 1.7 1.0 1.3 |
990 1160 1100 400 |
0.6 0.8 1.0 0.315 |
1.65 1.45 1.10 1.275 |
|
UZ-58 (Matsuda RG-10050 '35.4.30) |
s.a. |
ST-38/ D=38 mm, L=120 mm |
2.5 |
1.0 |
250 100 |
100 100 |
-3 -3 |
8.2 8 |
2.0 2.2 |
1280 375 |
0.8 0.25 |
1.60 1.50 |
|
UZ-78 (=US-6K7) (matsuda'51) |
JES-6B JES-1A 1;h, 2;p, 3;g2, 4;g3, 5;k, 6;h, TOP=g1 |
ST-38/ D=38 +/-1 mm, L=115 +/-5 mm |
6.3 |
0.3 |
250 max 180 90 |
100 max 75 90 |
-3 min -3 -3 |
7.0 4.0 5.5 |
1.65 1.0 1.5 |
- |
0.8 1.1 0.3 |
1.45 1.1 1.275 |
Cgp= 0.007 Cin= 4.5 Cout= 11 |
UZ-6D6 (=UZ-58, =UZ-58A) (matsuda'51) |
s.a. |
ST-38/ D=38 +/-1mm, L=113 +/-5 mm |
6.3 2.5 2.5 |
0.3 1.0 0.8 |
300 max 250 100 |
100 max 100 100 |
-3 -3 |
8.2 8.0 |
2.0 2.2 |
- |
0.8 0.25 |
1.6 1.5 |
Cgp= 0.007 Cin= 4.7 Cout= 6.5 |
ベースにマツダの刻印。1938年にはベース刻印はマツダのみになっていたことが分かる。ガラス管正面にUZ-78,昭和13年10月(1938年10月),No.346の貼り紙,裏面にマツダのロゴ。ステムはゲッタ膜が黒化しており良く見えないが「ラ」の文字あり。全くの新品箱入りだが,保存が悪く足には緑錆がついていた。錆を削り,TV7でチェック。gm=47>36と良好だが,電極間ショート(k-h)が見られ,ステムが黒化するほど拙いゲッタ・フラッシュで絶縁低下を起こしたものと思われる。暖気運転を行えば回復するかもしれないが。
マツダ真空管とあるが東京電気ではなく東京電気無線とある。箱は専用箱でUZ-78の仕様が表示されている。
○UZ-78 Tm東京電気無線 (刻印マツダのみ。Base矢印, ガラスUZ78, 紙昭和13年10月(1938年10月),No.346, ステム「ラ」, 網(パンチ)シールド筒, 皿G, 新品箱入り)gm=47>36 (khs)
USN-CRP-38078x3 020609
(検波増幅並周波数変換用)
6F7は米国のRCAが1933年に発表した球で,国内では東京電気マツダが1934年頃Ut-6F7として国産化しました。「Ut-6F7は,3極管及び可変増幅率5極管を1つのバルブに封じた傍熱型の複合管で,1個にて増幅検波叉は周波数変換等種々の用途があります。」(マツダ51)。カソード共通の3極5極複合管で,高周波増幅や発振,周波数変換,中間周波数増幅など多目的に使われました。5極部はUZ-78(UZ-6D6)と同じアウターシールド筒を用いた構造で特性も良く似ていますがカソードが3極部と共通なので使い難いこと,3極部は発振用に増幅率が小さく設定されており,gmも低いので増幅用には使い難いこと,等が難点です。
国内でははじめに米国の2球トランスレスコンパクトラジオが紹介されましたが6.3V管は民生用には使われることなくもっぱら軍用に使われました。特に陸軍が万能管として使えることから大いに気に入り,日本独自にメタル管US-6F7Aも作られました。しかし,戦局が悪化し補給が問題になると,メタル管US-6F7Aの製造も間に合わず,ガラス管のUt-6F7だけで飛行機の受信機を作りました。米国の古典ラジオクラブAntique Wireless Associateの会報OTB Vol.39, No.1にW.B.Fizette/W2DGB氏がModel 99 Type 3(九十九式三号?Ut-6F7を5本使用)の記事を掲載していますが,それだけでなく,1943年から1944年頃の車両無線機の受信部などにもUt-6F7を万能管として5本や6本使用したものが作られました。確かに万能管の採用は移動用無線機の保守に有効ですが,古めかしい構造のSTガラス管では振動にまつわる故障も多かったことでしょう。戦後になって,戦時中に増産されたUt-6F7が闇市場にどっと放出されたので,アマチュアたちがラジオ作りに大いに利用しました。今日でも骨董市やオークション等でたまに見かける球です。 ('07.3.23 改定)
Specification of Ut-6F7
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
|
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
Isg mA |
mu |
rp kohm |
gm mA/V |
C pF |
6F7 RCA RC-16 (1950) |
1;h, 2;pp, 3;g2p, 4;pt, 5;gt, 6;k+g3p, 7;h, TOP=g1p |
34 ST-12/ D=1-9/16 inch, L=4-17/32 inch |
6.3 |
0.3 |
P |
250 100 |
100 100 |
-3 -3 |
6.5 6.3 |
1.5 1.6 |
- |
850 290 |
1.100 (0.01)* 1.050 (0.009)* |
|
T |
100 |
- |
-3 |
3.5 |
- |
8 |
16 |
0.500 |
| |||||
Ut-6F7 ラジオ手帳(東京芝浦電気通信工業支社'44) |
1;h, 2;pp, 3;g2p, 4;pt, 5;gt, 6;k+g3p, 7;h, TOP=g1p |
D=38 mm, L=105 mm |
6.3 |
0.3 |
P |
250 |
100 |
-3 |
6.8 |
1.5 |
- |
850 |
1.100 |
|
T |
100 |
- |
-3 |
3.5 |
- |
8 |
16 |
0.500 |
| |||||
Ut-6F7 (matsuda'51) |
JES-6B JES-1A 1;h, 2;pp, 3;g2p, 4;pt, 5;gt, 6;k+g3p, 7;h, TOP=g1p |
ST-38/ D=38 +/-1 mm, L=115 +/-5 mm |
6.3 |
0.3 |
P |
250 max 100 |
100 max 100 |
-3 min -3 |
6.5 6.3 |
1.5 1.6 |
- |
850 290 |
1.100 1.050 |
Cgp= 0.009 Cin= 3 Cout= 10 |
T |
100 |
- |
-3 |
3.5 |
- |
8 |
16 |
0.500 |
Cgp= 2 Cin= 3 Cout= 4 |
ガラス管正面に管名と日付(19.12)印字,右側面に錨マーク(海軍向け),裏面にマツダ・ロゴ。できは良くない。ガラスは緑色,球が右に曲がっている(ベース取り付けのためのガラス絞り込み部)。熟練工は戦争で少なくなってしまった。gm(5極)=26<28, gm(3極)=14>13とほぼ寿命。5極部はk-gショート(絶縁悪化)を示す。こんな球でも@1.5k円した。
上に5極管,下に3極部,その間に円盤型のマイカ。ヒータはスパイラル型,外側に見える電極は5極部のシールド,その内側にプレートがある。5極部グリッドはトップ金具へ,スクリーンは下部マイカ板の円周上切り欠きから出てステム部に繋がっている。
もう1本Ut-6F7,マツダの同じ(1944年12月)製,神戸市の北村新三さんに御寄贈いただきました。ガラス管正面に管名と日付(19.12)印字,裏面にマツダ・ロゴ。しかし,管面に錨マークは無く,かわりにベース底に錨の小さな白印があった。gm(5極)=57>28, gm(3極)=16>13と生きている。
Kawanishi (Kobe-Kogyo TEN) Ut-6F7, before WWII/川西機械製作所(後の神戸工業テン/富士通),正面に川西とある。
貼り紙があったが剥がれている。ガラスクリヤー。側面にKの文字。ステムに青で9h5。gm(5極)=58>28, gm(3極)=19>13と生きている。このサンプルは神戸市の北村新三さんに御寄贈いただきました。
UZ-41(6.3V,0.4A)は,スーパーヘテロダイン受信機の検波・低周波増幅用の双2極3極管。米国では41は1933年に開発され,戦前は小型5極管としてプッシュプルなどで放送用受信機や電蓄に採用され,その後継は6K6GT(1937年頃),6AR5(1947年頃)へと発展した。我が国では戦前から戦後混乱期にかけて軍用,業務用にのみ使用され,民需用に使用されたのはほとんどが6AR5,例外として三菱電機の6K6-GTであった。
国内では東京電気(東芝マツダ)が41を1933-4年に国産化している(と思われる)。しかし,我が国では放送用受信機や電蓄に使用されることは無く,業務用,軍用にのみ使用された。戦後ミニアチュア管時代になって,41は6AR5のルーツでごさい,と解説を受け始めて有名になった球である。(本当は,真空管時代が過ぎ去った後,浅野勇氏の魅惑の真空管アンプで41の解説を受け初めて有名になった?)。UZ-41は戦前のラジオ卸商の価格表に登場したのを見たことがない。東京電気マツダとラジオ管の市場を争っていたエレバム,ドン等も製造した記録はない。UZ-2A5はUY-47を駆逐する立場でデビューして名声を勝ち得たのに対して,UZ-41の魅力の無い致命的な要因は2.5V管が無かったことであろう。しかし,UZ-41の特徴である省ヒータ電力は,軍用として気に入られ戦時中沢山製造されたようで,今日でもサンプルを見ることができる。一方,UZ-42はごく稀に放送用受信機に使われが,UZ-41が存在したために軍用にも需要が無く,多くは製造されなかった。
戦後は,UZ-41は一時期,軍の放出球のみが様々に利用されたが,やがて消えてなくなった。一方,冷や飯を食わされていたUZ-42は,5球スーパー時代になるとUZ-2A5の過去の栄光を元に復権を果たし,国民的な球になった。後継のGT管6F6-GTも活躍した。しかし,ミニアチュア管時代になると41の末裔の6AR5だけが生き残った。
こうして,戦後現れた性能の悪い6Z-P1を製造する代わりに何故UZ-41が使われなかったか?という質問に対しては,製造設備の関係は戦前各社が経験したUZ-2A5をUZ-42に転用するのは簡単だった,放送局型受信機で多く製造された12Z-P1の代わりに6Z-P1を製造するのも簡単だった,しかし,UZ-41は東芝だけが細々と作った球で,各社が金型もエージングのデータも共有していない球だった,とくれば,どちらに軍配があがるか,というところだろうか?
Specification of UZ-41
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
Isg mA |
mu |
rp kohm |
gm mA/V |
RL kohm |
Po W |
UZ-41 ラジオ手帳(東京芝浦電気通信工業支社'44) |
1;sg, 2;p, 3;h, 4;h, 5;k, 6;g |
D=38 mm, L=105 mm |
6.3 |
0.4 |
250 |
250 |
-16.5 |
34 |
5.5 |
150 |
65 |
2.3 |
7.6 |
3.2 |
UZ-41 (Matsuda'51) |
JES-6B |
35 ST-38/ D=38+/-1 mm, L=105+/-5 mm |
6.3 |
0.4 |
250 180 100 |
250 180 100 |
-16.5 -13.5 -7 |
34 18.5 9 |
5.5 3.0 1.6 |
150 150 150 |
65 81 103.5 |
2.3 1.85 1.45 |
7.6 9 12 |
3.2 1.5 0.33 |
UZ-41 Tm (青がラス, ガラス印字8角管名枠12mm, UZ41, (マツダ)11/10mm, g1フィン無し, 2穴付き十字マイカ, 皿G, 68>40)東京芝浦(Cycle)白箱, okada
UZ-89(6.3V,0.4A)は,電力増幅用の多用途5極管。出力管UZ-41とほぼ同じ特性の5極出力管であるが,4極出力管UY-46と同様にグリッドの接続を外部で変更できるよう各グリッドを個別に引出しているので,A級電力増幅3極管,B級プッシュプル増幅3極管として使用できる。
米国では89は1932-33年頃に開発され,小型5極管としてプッシュプルなどで放送用受信機や電蓄に採用された。国内では東京電気(東芝マツダ)が89を1938年に国産化している。UZ-89は戦前のラジオ卸商の価格表(1939.7)では定価8.00円,卸5.60円であった。東京電気マツダとラジオ管の市場を争っていたエレバム,ドン等は製造した記録はない。我が国では放送用受信機や電蓄に使用されることは無く,業務用,軍用にのみ使用されたようである。5極管用途でも類似のUZ-41ですら戦前は多くは使われず,またB級増幅でもUZ-79等の専用3極管が作られたことから,マツダは販売してはみたけれど中途半端な品種として販売不振の品種となり困ったのではないか?と思われる。1944年のマツダ資料には「廃止希望,代替としてUZ-41またはUZ-42を推奨する」,と記している。戦後,廃止された。
Specification of UZ-89
|
Base |
Outline |
Ef V |
If A |
|
Eb V |
Esg V |
Eg V |
Ib mA |
Isg mA |
mu |
rp kohm |
gm mA/V |
RL kohm |
Po W |
D % |
UZ-89 ラジオ手帳(東京芝浦電気通信工業支社'44)* |
1;sg, 2;p, 3;h, 4;h, 5;k, 6;g |
D=38 mm, L=115 mm |
6.3 |
0.4 |
P |
250 |
250 |
-25 |
32 |
5.5 |
150 |
70 |
1.800 |
6.75 |
3.2 |
|
T1 T2 |
250 180 |
- |
-31 0 |
32 3- |
|
4.7 - |
2.6 - |
1.800 - |
5.5 9.4+ |
|
| |||||
UZ-89 (Matsuda'51) |
JES-6B, JES-1A 1;h, 2;p, 3;sg, 4;g3. 5;k, 6;h, top=g |
39 ST-38/ D=38+/-1 mm, L=115+/-5 mm |
6.3 |
0.4 |
P |
250 |
250 |
-25 |
32 |
5.5 |
125 |
70 |
1.800 |
6.75 |
3.4 |
|
T1 T2 |
250 180 |
- |
-31 0 |
32 6- |
|
4.7 - |
2.6 - |
1.800 - |
5.5 9.4+ |
0.9 3.5 |
8 |
UZ-89 Tm(刻マツダのみ, Base矢印, 青ガラス銀UZ89, 裏(マツダ), 錨, 紙昭和13年11月, 十字透明マイカ, 着炭P, g1フィン無し, 芯無しスパイラルh, ステム凸5, 皿G, 未測定)020210,
UZ-79(6.3V,0.6A)はゼロバイアスB級プッシュプル用の双3極管。RCAにより1933年頃に開発されたもの。国内では(記録がないが)1935年頃に東京電気(マツダ)により国産化された模様。B級ゼロバイアス・プッシュプル出力管として紹介され業務用の拡声器などに使われたと思われる。
ゼロバイアスB級プッシュプル用の双3極管は,古くは直熱型電池管のUZ19(1933年)が知られている。UZ-19は国内では1939年に東京電気(マツダ)により国産化された。UZ19が出力2Wに対してUZ-79はEb=250Vで何と8W得られる。だが,さらに後続の新しい一族Ut-53(2.5V)/Ut-6A6(6.3V)/US-6N7(Metal)は,Eb=300Vで10Wである。
UZ-79は,他の球と異なりグリッドの1つはトップ金具に他方はベース・ピンに接続されており,プッシュ・プルにしてはアンバランスな構造である。これはやはり,A級増幅などドライバー管としての用途も狙ったものだろう。確かに戦後のRCAのマニュアルには目的にA級増幅用も並記している。そこでA級のパラメータも推定してみた。これによると,特性は6SL7GTや6SQ7GTの3極ユニットと類似していることが分かる。
Tube |
Base |
Outline |
Eh V |
Ih A |
Class |
Eb V |
Eg V |
Ib mA |
mu |
rp kohm |
gm mA/V |
RL (rp) kohm |
Pin W |
Po W |
UZ-19 (Matsuda'51) |
JES-6B 1;f, 2;p(2), 3;g(2), 4;g(1) 5;p(1), 6;f |
35 ST-38/ D=38+/-1 mm, L=105+/-5 mm |
2.0 |
0.26 |
B pp |
135 |
0 |
5 |
- |
- |
- |
10 |
|
2.1 |
UZ-79 (Matsuda'51) |
JES-6B, JES-1A 1;h, 2;p(2), 3;g(2), 4;k, 5;p(1), 6;h, top=g(1) |
39 ST-38/ D=38+/-1 mm, L=115+/-5 mm |
6.3 |
0.6 |
B pp |
250 |
0 |
5.3 |
85 |
6.8 |
1.25 |
14 |
|
8 |
UZ-79 |
|
|
- |
- |
A1* |
250 |
-2 |
1.7 |
70 |
- |
1.4 |
50 |
|
- |
管名はガラスにプリント。裏面にマツダのロゴ。マイカは円形。両ユニットの絶縁を図るため,中央に切り込みあり。電極下部でヒータは並列接続,カソード引き出し線は1つにまとめられている。ガラスは緑。マイカの加工は精密だが,材料は白濁している。機械的歪みは無いが,プレートのスポット溶接は温度が高すぎ,ところどころ融けたり,プレートにピンホールを生じている。戦時中の熟練工不足あるいは製造環境の悪さが伺える。この球はgm=[23,23]<25で,ほぼエミ減。
UT-53は(2.5V, 2.0A)のゼロバイアスB級プッシュプル用の双3極管。米国で1933年に開発されたもの。UT-6A6(6.3V,0.6A)は,その6.3V管で,米国で1935年頃に開発されたもの。国内では1937年に東京電気(マツダ)によりUT-53, UT-6A6がともに国産化された。B級ゼロバイアス・プッシュプル出力管として紹介され業務用の拡声器などに使われたと思われる。米国ではメタル管6N7も作られ,我が国ではUS-6N7として1938年に作られている。
直熱型のUZ19から出発したゼロバイアスB級プッシュプル用の双3極管は,UZ-79を経て,さらに6A6へと発展した。6ピンのUZ-79はトップ金具があったが,6A6は大型7ピンのUTベースを使用して,全てのピンを足に持ってきた。この球は2V球Ut-53(2.5V)があり,また,メタル管US-6N7(Metal)も作られ,さらにオクタルグラス6N7-G, 6N7-GTが作られた。戦後の6SN7-GT,6CG7/6FQ7の原形となった。
Tube |
Base |
Outline |
Class |
Eh V |
Ih A |
Eb V |
Eg V |
Ib mA |
mu |
rp kohm |
gm mA/V |
RL kohm |
Po W |
53 6A6 GE ETRM-15P 1973 |
7B |
14-1 |
B pp A (para1lel) |
2.5 6.3 |
2.0 0.8 |
300 294 |
0 -6 |
35 7.0 |
- 35 |
- 11 |
- 3.2 |
8 - |
10 - |
6N7, 6N7-G, 6N7-GT GE ETRM-15P 1973 |
8B |
8-6, 14-3, 9-11 |
sa |
6.3 |
0.8 |
sa |
sa |
sa |
sa |
sa |
sa |
sa |
sa |
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
UT-53 UT-6A6 (US-6N7) (Matsuda'51) |
1;h, 2;p(2), 3;g(2), 4;k, 5;g(1), 6;p(1), 7;h |
48 D=45+/-1, L=112+ /-5 |
B pp*+ B pp*- A A |
2.5 6.3 |
2.0 0.8 |
300 300 294 250 |
0 0 -6 -5 |
35 to 70 35 to 70 7 6 |
- - 35 35 |
- - 11 11.3 |
- - 3.2 3.1 |
8 8 - - |
10 10 - - |