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E(36). Toshiba Matsuda Unkonown?/東芝マツダ 不明? in 1953?, ('97.6.22) [Up 99.5.6], {Up'02.10.19] |
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E(25). Nanaora NRC NR-5S-20/七欧通信機ナナオラ NR-5S-20 in 1954?('96.12.22)['99.5.6]['02.8.20] |
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EP(93) Televian 5S-14/山中電機テレビアン 5S-14 in 1952?, ('99.9.x) ['00.6.3] ['02.8.20] |
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E(30). Japan Victor Co. R-501/日本ヴィクター R-501 in 1953, ('97.3.8) |
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E(34). National Super-Het HS-1000/松下電器ナショナル HS-1000 in 1952 , ('97.5.31)[98.6.29], [98.8.3] |
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E(28). TEN Super Star S502/神戸工業TENスーパースター S502 in 1952!, ('97.2.23) |
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EP(94) Nanaola NR-5S-4/七欧通信機ナナオラ NR-5S-4 in 1953?, ('99.9.x) ['00.6.3] ['02.8.20] |
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E(ex2). Tokyo Denki Sangyo Unknown/東京電機産業 ? in 1955- |
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EP(99) Tokyo Kokusai Tanpa/東京国際短波 KR-51 in 1955?, ('99.9.x) ['00.6.3] |
1947年(昭和22年),政府はGHQの勧告を受けて再生検波ラジオの製造を事実上禁止したため,国内ラジオ・メーカはラジオの形式をスーパヘテロダイン型一本槍に変更しなければならなかった。しかし,部品が直ぐに揃う訳ではない。スーパー用のラジオに特に必要な真空管としては,戦前には周波数変換管のUt-2A7,検波増幅管のUZ-2A6が少量ではあるが作られており,戦後は6.3V化が一挙に進んだため,Ut-6A7,UZ-75も作られていた。しかし,大量生産するとなれば,より安定な周波数変換が期待できる6SA7や高増幅率の6SQ7を国産化する必要があった。これらの球を国産化するに当たり我が国の生産設備で作れ廉価なST管に改造,6Z-DH3が作られ,次いで1947年末に6W-C5が作られた。さらに同じ年に6Z-DH3はトップグリッドも止めた6Z-DH3Aに変更,日本独特の5球スーパの球が全て出そろった。中間周波数は当初戦前の規格の463kcが使われたが,1950年にはJISで455kHzに規格化された。
ST管式5球スーパーには普及型と標準型があった。普及型は低周波出力管に6Z-P1を使用したものを指し,整流管には初期の頃KX-12F,後にはKX-80BK,KX-80HKも使われた。ちなみに標準型は出力管にUZ-42を使用し,整流管もやや大きいものを用いている(標準型のST管式5球スーパ/Radio_P42参照)。
普及型は価格を低く抑えてスーパーラジオの普及を図ろうとしたもので,具体的には出力管を小型(1W)にすることによって電源トランス,整流管も小型にでき20%程度のコストダウンが図れた。しかし,大メーカによるラジオは高い。コストに占める部品代の割合など高が知れている。1950年代中頃には新興ラジオ・メーカーが廉価なラジオを売出し,また部品メーカーが廉価なキットを販売するに及んで,アマチュアの組立ラジオが売れた。価格差は2倍以上に及び,大メーカの普及機は売れなくなった。
, ('97.6.22) [Up 99.5.6]{Up'02.10.19]
このラジオは東京芝浦電気の戦後スーパー時代の比較的初期の普及型ですが,銘板は無く,貼り紙も失われており年代や型番が不明。(1952-1953年頃の製造だとすれば球の構成からモデルは515Aか516Aと推定される。のちに515Aで無いことが判明。また516Aでもないらしい。)
製造番号CD-8080615からどうやら昭和28年(1953年)製のようだ(2002年10月19日)。
Cabinet/キャビネットの写真(元々半壊していたが,掃除しているうちにバラバラに) [2002.8.23up]
キャビネット・デザインの印象は同じ東芝マツダ・ラジオの後年の6UA16型(1954年, Radio_P42A, E40参照)やナナオラのNR-5S-20(1955年?, Radio_P4, E25参照)に似ている。キャビネット本体は木製であるが,正面パネルの右半分(ダイヤルと3つのツマミのある部分)はプラステイック製である。ダイヤルは扇型。ダイヤル指針は透明プラスティック製でプーリ中心にPLが挿入されるため,指針が光る。また,ツマミはむかしのローレットタイプの薄型で,ダイヤルのPLランプといい,ツマミの形状といい,松下のHS-1000(1952年?)と良く似ている。流行を考えれば,本機もやはり同世代と推定できる。
正面パネルの左上には金属製のマツダの丸ロゴが,左下に金属製のTOKYO SHIBAURAのプレートがある。後年の6UA16型では短縮形のToshibaと表記されているから,この表記法の方がやや旧いことが分かる。また,部品にJIS表記が無く,製造コードもほとんどないことから,それらが確立される以前の1950年代初頭とは推定できるが,逆に正確な年代の特定も難しい。
大きな扇型ダイヤルが見える。指針中心にPLランプ。ツマミは左から電源,プッシュスイッチ付きボリューム,同調となっている。ツマミは1個紛失している。
ACケーブルのブッシュがアルミ製なのは珍しく,松下HS-1000との共通点でもある。PU端子がリード線を絡める形式であるのも1952年頃の特徴。ヒューズ箱やスピーカリード線の穴がシャーシ右側面に付いているのも古い形式。
(状態)
キャビネット:発見時,正面パネルの下側サンとツマミ1個が紛失し,糊が少しはがれ分解しやすくなっていた。パネル裏側の三角補強材も2枚が剥がれた状態で見つかった。正面パネルは,左のSPバッフル板,右のダイヤル板(プラスティック製)と,上下左右のサン4本からできているが,掃除をしているうちに,SPの重みでパネルは左右2枚に分解してしまった。ラジオの使用環境が悪く,キャビネット内面やシャーシ上の部品,球は塵と油煙で黒化していた。逆に湿度による部品の錆はほとんどなかった。その後長年物置で放置されたらしく,キャビネット内面やスピーカ・コーン紙の上,シャーシ内側の6D6のソケット付近から,土でできた直径3cm位の地蜂の巣が約10個見つかった。部品の損傷はないようだ。
真空管はオリジナルの1953年を示すものは1つも無い。6Z-DH3Aだけは1952年製と思われ,オリジナルかもしれない。松下6D6は後年交換したものだが,1955年製とオリジナルに近いからおそらく中古だったろう。そうすると,同じマツダでも6W-C5の1954年製は中古に交換されたと見ることができる。他の球は年代が特定できていないが,6Z-P1とKX-12Fは1954年末期の可能性がある。
6W-C5がKHショート(ハムの増加),6D6がエミ減(感度の低下),を示した。6Z-DH3Aと6Z-P1の挿し違いは,6Z-DH3Aが傷んでないから現役隠退後の事と考えられる。6Z-P1のカソード禿の原因は負荷異常か機械的衝撃のどちらかと見られる
E3 36 97.6.22 .5k Matsuda radio Unknown 1953? Wood ST-5S
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東芝のマツダ・ラジオ
型式不明,回路図なし,シャーシSer.No.CD-8080615, キャビ・裏蓋=(丸にR),
キャビネット:木製箱型。正面パネル左面は木製布張りスピーカ・グリル,右面はプラスティック板。
サイズ: 440w x225h(+15)h x190d
ダイヤル:大型の角窓扇型。ツマミ: 1)PoSW, 2)PuSW+Vol, 3)Tune
周波数: 535-1605kc/s?,IF=455kc/s,仕様:Po=1.0?Wmax,AC100V,50-60c/s,?VA
端子:(Ant,E)穴ワイヤのみ,(PU)クリップ留め式
シャーシ右面(SP面)..(SP)ワイヤ,(ヒューズ)
真空管:
6W-C5 (マツダ)<46>,皿G,TypeIII.............. gm=68 >50 ★hks (1954年)
6D6 (松下) <QE> 角G,TopCap外れ........... ★gm=34-37< 40 (1955年)
6Z-DH3A(マツダ)<2,ス>,TypeII(黒P),(銀化).. [gm,em]=[27,21]>[19,20](挿違)
6Z-P1 (マツダ)<・ア>,皿G(K禿1/3) .......... ◎gm=46 > 39 (挿し違い)
KX-12F (マツダ)<・ン>,皿G................... em=54 >60
(部品)
VC:記号なし(接触子は銅製,回転強さは異様に大きなナットで調節),プーリは黒樹脂製
ダイヤル機構:糸かけ式だがドラム付きドライブ軸とプーリだけからなる。
IFT:マツダDF-1G,DF-2(30mm角)
CHEM:記号なし(Marcon;東京電気 type 3CC-30)
PT:上下シールド・カバー付きでリード線型(85V,100Vヒューズ)
SP: Type マツダSP1025,コーン紙No.724A,フレームNo.1008..
戦前の2大ラジオメーカの1つ,山中電機テレビアンの普及型5球スーパ(ジャンク)。正面パネルは布張りでその上に周波数表示用の7つの金属製周波数バッチと写真には無いが大型円形ダイヤル指針が配置される。デザインは良いが,パネルフレームもベニア造りのため,高湿度で剥離してしまった。バリコンとダイヤル指針は外されシャーシ内部に転がった形で入手したが,写真撮影のために,形だけでも修復しようとしたら,バリコンのアースベロが紛失しているのに気付いた。アースベロが何らかの事故で外れたのがこのラジオの引退の理由だろう。
[2002.8.20記] 普及型5球スーパ。配置図はあるが回路図無い。Size 420Wx245Hx195D。6W-C5, UZ-6D6, 6Z-DH3A, 6Z-P1, KX-12Fの構成。実装球は6W-C5(マツダ12), UZ-6D6(未確認), 6Z-DH3A(未確認), 6Z-P1(マツダ12)。KX-12F(誤って松下のKX-80Kが挿入されているが)。
内部にはサブシャーシに装着されたダイヤル指針付きバリコンが転がっている。主シャーシに取り付けるネジが紛失しているのだ。整流管は間違って両波整流のKX-80Kが刺さっているが,これは片波整流のKX-12F/KX-80HKあたりでなければならない。(No.97の三菱6SでKX-80Kの代わりにエレヴァムの12FKが挿さっている,これと交換しよう)。
[99.12.04]内部を清掃した結果,正面パネルの剥離は酷く,錆も酷いことが分かった。ケミコンはNationalに交換されており,
Chasis; Televian Super 5S-14
VC; Yoshinaga親子バリコン
IFT; Televian I.F.T.455kc, YAMANAKA ELC.Co.LTD TYPE
Chem; National /Electrolytic Capacitor Type 35A-32, 20-10-2 MFD, WV DC350V, PV DC420V
PT; Televian Type T
SP; ヤマギワSelection Y-65 Permanent Speaker 6.5inch
OPT; 2-4;12000 ohm, 1-2; 7000, 1-3;5000, 1-4;2500 VC 3.2ohm [Inspection 52-]
6W-C5...マツダ(I2)1952.8?
UZ-6D6...マツダ(I2)1952.8?
6Z-DH3A...マツダ(I2)1952.8?
6Z-P1...マツダ(I2)1952.8?
80K...Nat(AO/ND)...1959.4
, ('97.5.31) [98.6.29],[Up 98.8.3]
松下電器産業の50年代初期の普及型ラジオ。プラスティック製プレート「NATIONAL」が正面パネルの左下に釘留め。ツマミは薄いネジなしの差込み型。シャーシにはナショナルの刻印。シャーシのACケーブル貫通孔はアルミ製の大口径ハトメ。
Ser.No. 04374,回路図(RC-94W@),注意書き(RC-94N@),キャビネットの床に055212,スピーカに05523とある。球もTEシリーズで製造は1952年5月。
1998.6.29追記:しばらく不明だったモデル名(型番)がHS-1000と骨董市で判明。同じモデルで程度良好なものが売り出されていた。モデル名は裏板の下部に貼り紙してあった。また,正面パネルの3つのツマミ部分は布製であるため印字できない。そこで,串刺し団子型の紙切れを3つのツマミの軸に通し,そこにツマミの意味が印刷されていること,また,ACプラグは丸形だが,オリジナルはフラット型であることも分かった。
(状態)
キャビネットは比較的しっかりしているが,塗装は茶のペンキ塗りのようで禿が目立つ。裏板は湿度で少しやられている。裏板の2枚の張紙は残っていない。シャーシは湿度により上の部品に錆びが広がっている。電気回路は,PTが交換されたようで,ヒューズがシャーシ側面に追加されている。球がエミ減の割に動く。しかし音が小さい。ケミコンがオリジナルであるが,大丈夫?。シャーシのネジ留めが微妙でダイヤル指針が擦っていた。また指針が全部は回らない。球は6Z-P1と12Fがマツダの中古球に交換されている。6Z-P1の交換球もエミ減だが,ラジオは鳴る。
(その後)修理しました。
E4 34 97.5.31 8k ナショナルHS-1000 1952 Wood ST-5S △△▲△
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松下電器産業「ナショナル・スーパー・ヘット」形式不明,1952年(昭和27年)か?
Serial.04374,回路図あり(RC-94W@),キャビNo.055212,注意書RC-94N@
底板:工業所有権(LP-6 045201 100 000)
キャビネット:木製箱型(裏金具留め)。塗装は茶ペイント?。正面パネル全面布貼り。 裏板は玉ゴンベ式。
サイズ: 433Wx240Hx187D(実測)
周波数: 535-1605kc/s,IF=455kc/s,仕様:Po=1Wmax?,AC100V,50-60c/s,?VA
ダイヤル:中型の角窓扇型。ダイヤル・カバーは透明プラスティック。指針は赤色塗装
の金属製?。プーリーにPLが埋め込まれており回転する。
ツマミ: 1)PoSW, )PU-SW/Vol, 3)Tune
端子:(Ant,E)穴,(PU)クリップ留め,シャーシ右面(AC)(SP)ワイヤ,(ヒューズ)
真空管:
6W-C5 (松下)<ガラス印字,TE(1952年5月)>,KUZ 皿G .... 62-52-54> 50
UZ-6D6 (松下)<ガラス印字,TE(1952年5月)>,KUZ 角G ..... 58 >40
6Z-DH3A...松下6Z-DH3A<ガラス印字,TE(1952年5月)>,KUZ 角G ..... [28,42] >[19,20]
6Z-P1..... マツダ6Z-P1<・ア>,皿G......★ 34 >39
現在Futaba 6Z-P1<9 12>,角G gm=45に交換してある。
KX12F.....マツダ12F<青でト>ナデ肩,角G...... 57.5 >40
(部品)
VC:national 2BC-42(12-430pF),
IFT:National IFT455kc CAT#1766(頭に2つのトリマ・コンデンサ式)
シールド・ケース:鉄製
CHEM: NA-3537B 350V
PT:(?STRONG T-50,250V,50mA,5V,0.7A,6.3V,2.3A) ...後年に交換?
オリジナルは頭にヒューズ・ホルダ100V/85V切替式あり。
SP: National SP-51R (4.0Ω 12k 05523) 6.5"
戦前の2大ラジオメーカの1つ,七欧無線商会ナナオラが戦後,七欧通信機(東京目黒)になり作った普及型5球スーパ。出力管6Z-P1であるが,スピーカーはフィールド型である。当時,ちょっと大型のダイナミックスピーカは磁石が高価なのでフィールド型が多かった。
[2002.8.20修正] 年代1952?年の推定根拠。電波科学1953.9(1953年8月10日現在)の資料にはモデルNo.3から13まで(NR-5S-3, 5S-6B, 5S-7, 5S-9, 6S-12, 6S-13)が掲載されている。全てST管だった。同社の別の広告資料(1953-1954年頃)には,モデルNo.が17から34まで掲載されている。ST管7種,ミニアチュア管6種,ミニアチュア電池管1種,レコードプレーヤ1種であった。本ラジオは1952年の後半に販売されたものとみて良いだろう。
Maker:, Model:, Date:, Ser:4565. Spec; AC:, Freq:, IF:, Sens;, Po:, Cir:裏板に回路図有り, Cabinet; , Size;440Wx240Hx185D Dial;, Nob:, SW:, Term; Tubes;
Parts; Chasis; PT:, CH:, AFT:, Chem; VC;, RF Coil:, IFT:, SP; ナナオラダイナミックND-65, 2000ohm, FC型 VR:, C:, R:, |
七欧通信機ナナオラの普及型ラジオ。正価は10,800円。同社が同じ時期に売り出していたST管ラジオ7種の中でマジックアイ無しは本機のみだった。保存状態はすばらしく良い。デザインは先のマツダ・ラジオ(515A/516A?)に似ている。やはりこの当時の流行。ナナオラの場合は左のスピーカグリルもプラステイック製。扇形のダイヤル面は昔はもう少し綺麗だったらしい。
[Updated 99.5.6] 製造年は不明で,文献も物証も無い。当初,1952年以降と推定していたが,ツマミの形状からすると,マツダや松下のモデルよりもやや後に思える。そこで,1953年製ということにしておこう。
[2002.8.20修正] 本機は1954年頃のモデルのようである。
デザインは大型の扇型ダイヤルが中心。ダイヤル面の背景の緑色が蒸発し,まだらになっている。蒸発した緑は真空管のガラス面に付着していた。
(状態)キャビネットには傷があるがほぼ原型。シャーシ下やや錆,ダイヤル背景が溶け出し,緑が真空管に付着。球は6Z-DH3Aの2極部がエミ減。他の球も少し弱っている。
E6 25 96.C.22 5k ナナオラNRC NR-5S-20 1953? Wood ST-5S □□☆▲
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SERシャーシNo.6947,回路図付き,仕様:85-100V/35VA,Po1W
キャビネット:木製箱型(裏側金具止め),spは木製バッフルに布+プラ板格子,ダイヤルはプラ板。裏板パーティクル板,NRCマークあり
サイズ;480Wx202Dx230H
周波数:535-1605
ダイヤル:大型角窓扇形,背景緑
ツマミ:3点式 (1)PoSW,(2)PU-SW/VOL,(3)TUNE
端子:(A)穴,(E)穴,(pu)2P折曲げ金具
真空管:
6W-C5,マツダ,モデル未確認(NU)............... 66-64> 50
UZ-6D6,マツダ<1 7>,(NU).......... 60-58> 40
6Z-DH3A,マツダ(TYPEII),<青字 Hワ>角G,(NU) .....★[16,40]<[20,20]
6Z-P1,マツダ<ツ19>,(NU),......... 47> 39
KX-12F,マツダ<ん>,(NU)............ 60> 40
裏板にマツダ球使用のラベル
(部品)
シャーシ:亜鉛
IFT:NRC455kHz,..,
SP:ナナオラNP-65
日本ヴィクターの普及型。まず,ST管とGT管を混用しているのが変わっている。変換管(6SA7GT),検波増幅管(6SQ7GT)を用いているのは国内ラジオでは例外に属するからである。このラジオは輸出向けモデルを国内に転用したラジオと思われる(と書いたのは私の独断)。キャビネット内部にループANtを持ち,PTも小さいとは言えず,整流管の容量も出力管に6F6/42を使用しても十分だが,何故か出力管は6Z-P1なので,50年代前半では普及型ラジオに分類される。
(状態)
確かめていないが,一応鳴るらしい。
(紛失)金属製のVictorマークの左にネジのみ残っているのは,金属製の犬のマーク(ニッパー君)のバッチが欠けているものと推定される。
E7 30 97.3.18 8k Victor R-501 1953 Wood ST>-5S □□□▲
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「日本ヴィクターのGT管/ST管混成5球スーパ R501型」
形式R-601C,(仕様貼紙no.)Po 0.5W, 35VA, Serial/Date記載なし,
(シャーシno.3119),回路図なし
キャビネット:木製箱型。全面スピーカ布(金属フレーム使用)。
サイズ: 445Wx208Dx245H(実測)
周波数: 535-1605kc/s,IF=455kc/s,
ダイヤル:丸型(金属フレーム)。
ツマミ: 1)PoSW+Tone?, 2)Volume?, 3)Tune?
端子:(A,E)穴,(PU),ヒューズ(85,100,115v)
真空管:
6SA7-GT マツダ<v12>......★41-46<50
UZ-6D6 TEN<B5R>.......... 65>40......ルースベース,キャップ取れ
6SQ7-GT(マツダ<v12>).....▲[22-21,19,24]< [19,20,20],
6Z-P1(トーシン黒P)........[55>39],
80HK(フラットP,不明).....★[34<40]K禿
(部品)
丸ダイヤル,木製キャビ,ループANT内蔵。
SP(仕様貼紙No.42360) = VICTOR SK-2012J (4ohm) date 27.10.24,
IFT: 天井ベーク,
CHEM:52.9.15
out:Real 42用。
神戸工業TENの普及型ラジオ。キャビネットは正面パネルにアルミ多孔板を使用しているのがやや変わっている。このラジオは時代が判らない。SPケーブルは綿巻,ACケーブルは布巻線とやや古い。回路図のACプラグは古めかしい電球ソケットが付加されており1940年代後半にも見える。しかし,同じ回路図には,球の名称が前置記号なしの12F,6D6を指定しており,これからすると1955年以降になる。また,PU回路にNFBがかけられいるのも50年代後半の特徴。[追記]しかし,1952年製だった。
[2002.8.20修正] 年代を1955?年から1952年に。このラジオは1952年に販売されていたのが確認できた。(内尾さんのページの資料より)。正価12,200円,卸8,900円だった。同時に販売されていたS-503は出力管がUZ-42の標準型だった。一番始めは私も1952年と推定したのだがその後迷った。
(現状)キャビネット:一部塗装ハゲあり,全体にヤニで茶化,ツマミ1個紛失,底に配線図あるが破れている,裏板の一部は鼠に齧られている。シャーシ内部:オイルコン鼠に食われている。
球はどれがオリジナルか不明である。TENのラジオには自社の球を使っているはず。残存球は1950年代前半の球ばかりだが,メーカが全てばらばらなのは後年中古球に交換した可能性が強い。松下製6WC5(53年2月,エミ減)は製造は古いが自社製でないし,また6Z-DH3Aは寿命の短い球にもかかわらず,NEC製(50年代前半)はまだ生きているから,いずれも交換球と思われる。TEN製 6Z-P1(EE5=55年5月?エミ減)はオリジナルの可能性がある。つまり,本機が1955年製と推定される所以である。
[Updated 99.5.6] 整流管は本機の回路図とシャーシ刻印にははっきりと12Fと記されている。本機のマツダ製80HKはどのようにして持ち込まれたものだろう。マツダ製の80HKはサフィックスKX-が無いので1955年以降の製品と推定できる。TENは1953年頃のラジオ製品に80HKを使用したモデルを出荷していたが,いずれもUZ-42を用いた標準型であり,6Z-P1に対しては12Fが使われた。また,TENも真空管製造メーカのはしくれ,マツダ製を使う義理はないから,残されたマツダ80HKはオリジナルでなく交換球であり,オリジナルはやはり12Fだった可能性が高い。
本機が1955年製だとすると回路図の球の名称が1955年以降の前置記号なしの表記法やPU回路にNFBがかけられいる50年代後半の特徴も説明がつく。なお,シャーシの銘板がアルミ製であるのも,これを裏付けているように見える。同世代のTENの高級機MR-500(標準型5球スーパ参照)は1954年頃と推定されるが,銘板は単なる貼り紙であるから,本機の方がやや後年の作と言わざるをえない。
[Updated 2002.8.20] TEN製の6Z-P1のコードはEE5ではなくBE5(1952.5月製)だったかもしれない。検査証のNo.27610 -->(昭和27年6月10日)だった可能性が高い。
E8 28 97.2.23 .5k TEN Super Star S502 1952 Wood ST-5S □★★▲
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神戸工業,普及型5球スーパ:スーパースターS-502
回路図付き,シャーシNo.6947..
試験合格証(右側面張り紙):No.27610 -->(昭和27年6月10日なのだろう), 昭和 VA 製造 (VA=22.1)
キャビネット:木製箱型,焦茶樹脂塗装,サイズ:400Wx184Dx235H
周波数:500-1800kc(目盛),仕様:AC30VA,100V,50-60c/s,Po1W,
ダイヤル:楕円型エアプレーン,透明樹脂楕円カバー,
ツマミ:一列3点式 (1左)PU-SW/VR, (2中央)PO-SW, (3右)VC
真空管:
6W-C5.....松下<SB>(銀化)..........40-56-60<50 (53年2月)
6D6.......(欠品)
6Z-DH3A...NEC赤...................[26,70]>[19,20] (50年代前半)
6Z-P1.....TEN<EE5>................★33 <39 (55年か?).....あるいはBE5の読み誤り?
12F.......80HK,マツダ<ス>(やや茶)....50>40 (55年以降)
(部品)
シャーシ空色塗装,No.6947..,
VC:10-350pF?
IFT 丸型455kHz,
ケミコン;エルナ20,10,2,450vmax,350wvdc
出力トランスシャーシ内蔵
SP:6.5゙Dynamic Speaker TENVOX type--,Imp---
ACケーブルは布巻線,SPケーブルは綿線。
普及型とは6Z-P1を使用した廉価なラジオのことなのだが,これに高級を謳うマジックアイを付けると中途半端な高級機ができる。出力管42などを用いたラジオは標準型,高級型でマジックアイも良く搭載された。1952年では統計した機種が少ないが標準・高級のマジックアイ42.4%,普及機20%。1953年8月の資料で,標準型,高級型合わせて91機種の内マジックアイ搭載は45%だった。ところが,6Z-P1の普及型では26機種のうちマジックアイを搭載していたのはたった7.7%だった。時代とともに,ST管は次第にミニアチュア管に置き換わっていき,大メーカは廉価な6Z-P1のラジオは1955年頃に止めてしまうが,小メーカが廉価なラジオとして6Z-P1を用いたラジオを販売し続けた。この頃には憧れのマジックアイも当然廉価である。したがって,6Z-P1とマジックアイの組み合わせが良く見られるのは1955年以降と思われる。
このラジオは私のコレクションではなく,近所で開かれた戦争中の生活展に出品されたもの。放送局型122号と一緒に撮影したもの。キャビネット・キット(サンエス)を利用した自作品。
シャーシの銘板に東京電機産業とある。サンエスのキャビキットとして広告を出していた東京品川区平塚の会社。球は6W-C5,6D6,6Z-DH3A,6Z-P1,80BKあたり。年代を1955年以降としておこう。スピーカは何故かテレビアン製だった。似たようなデザインのセットは沢山ある。1950年代は箱のメーカが沢山あり,大メーカの下請けをする一方で,中小メーカやキットメーカにも卸していたようである。
東京国際短波製。アイ付き普及型6球スーパ。これはガレージメーカ製のようで,あるいはキット組み立て品かも知れない。
Size 470Wx210Hx190D。6W-C5(マツダ,NT), UZ-6D6(JRC), 6Z-DH3A(NDK), 6Z-P1(ベースのみ), KX-12F?(球なし), 6E5の構成。図なし。IFT, Hokuyo Musen Rising。6Z-P1はベースのみ残っているが,整流管は無かった。正面バッフルがばりばりに割れ,スピーカのネジがなく,脱落。おそらく,6Z-P1と整流管を直撃し,割れたのであろう。
[パネルデザイン] 電波科学56.6のサービス部ニュースに完全キットNHK-5G「うっとり」4,350円というのがあり,窓のデザインがほぼそっくり,またNHK-5E「標準5球スーパー・キット」3,980円というのが本機の格子板と同じものを使用している。同時代の箱屋の製造によるものだろう。この時代,アイ付きで数年前の定価の1/3がキット価格となった。